丸井金猊

KINGEI MARUI

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法隆寺金堂壁画 再現壁画 第10号壁 薬師浄土図(前田青邨 守屋多々志)

第十号壁(弥勒浄土図)再現壁画 全図
縦310.0cm × 横(上幅)254.4cm (中幅)252.4cm (下幅)248.5cm
薬師如来を中心に、日光・月光の両脇侍、二菩薩、二羅漢、四神将、やや下方全面に金剛力士二軀を配する。

法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」

第10号壁 薬師浄土図
前田青邨 守屋多々志(前田班)

「第10号壁 薬師浄土図」を担当した前田班の前田青邨、守屋多々志のうち、本稿では
前田青邨氏のメッセージと作品を紹介いたします。また同10号壁の部分画像を、
守屋多々志氏のメッセージと作品と共に別ページにて紹介いたします。

私は焼損前の模写事業には関係がなかった。そこでかえって今回の再現の仕事を、漫然とおひきうけすることになったわけである。

ところが法隆寺に現在残る壁画を見に行って、これは大変なことになったと改めて痛感した。しかしとにかく、できるだけのことはいたしてみた。

法隆寺金堂壁画 第10号壁 薬師浄土図 コロタイプ印刷(便利堂)私の担当は10号の大壁で、他に同じ班として、3号と12号の二小壁が加わる。10号壁については荒井寛方氏の模写が完成しており、また便利堂撮影の原寸写真も参考になった。こうした資料によりながら壁面の現状をも再三詳しくしらべ、現代においてなしうる限りの再現を期した。10号壁は破損も多く、また全体に黒ずんでしまい、本来の美しさをはなはだしく傷つけている。そこで全体として「一皮むいて」描こうと思った。

原画の色彩、すなわち絵画的生命がすでに薄らいでいる以上、旧状にもどすのではなく「原画の美しさ」を再現するのが何よりだと信じる。これが私の根本の考え方であり、そのためには、あらゆる資料を用い、私の技術をつくした。私としてはとにかくこれ以上のことはできない。

一番に申上げておきたいのは、10号壁の本尊のお顔は、表面がひと塗り補修されていることである。これは赤外線写真を参照してもはっきりわかることだし、ことに今回は、焼損後の画面を調査撮影し、くわしく比較することでそれを確かめた。手足の色は原初のままだから、それと調和するように本尊のお顔を描いた。

また右上にある天部の顔も描き直されたことは明らかで、顔の色も黒ずみ、また頭髪は外側の原初のままの部分とはっきり筆が変っている。この部分は補修のあることがわかるようにしながら、顔の色を左側の天部のそれと調和させ、明るくした。

以上の二つの問題は、私としてこう信ずる十分な理由があるわけで、文章としてここに書き残しておきたいと思う。他にも種々細かい点で問題はあるが、だいたい旧状の通りに描いた。その際苦労したのは線の問題である。焼損後の壁画を調べてみると、最初に図柄を写したと思われる細い傷、いわゆる釘彫りのような線が残り、その中に毛筋ほどに墨がしみこんでいる。ところがその上に引かれた描き起こしの線は、ほとんど消えていたり、また少しずれている所もあって、その再現には大変に心をくだいた。

法隆寺金堂壁画再現事業の見学会(左手前)ほかに右側の脇侍菩薩の右手先と胸の部分とに、壁体ごとはがれ落ちた個所があり、著しく画面を損っていた。幸いにこの部分は平木氏所蔵の古い模写にはまだ残っており、また手の一部は壁面に見えるので、これらによって画面を補った。また壁面の下方に油の流れたしみの跡がいくつかあるが、これは原画とは関係ないことで、しかも絵の美しさを傷つけるので、全くはぶいた。(6号壁の場合には、この油滲みの中にかえって図様がよく残って見えるので写す必要があろうが、10号壁の方は全く絵と関係ない)要するに、いかにすれば、壁面の美しさを再現できるかが眼目であった。

10号壁の制作には、守屋多々志君が主に努力してくれ、助手として、月岡栄貴、蓮尾辰雄の両君が手伝ってくれた。しかし重要な顔面や、すべての描き起しは私自身が筆を執り、始終全体の統一を考えて描いた。

もともと私は、壁面を切って部分的に仕上げてゆくことはいたさぬ方針であった。最初から全壁面を大きく仕立てて、私の画室に持ち込み、下塗りから同時にやって行った。従って助手が色を塗っている所でも絶えず眼を離さず、常に全体の統一に心をくばり、努力した。この点は、他の班の方々の制作法とは異るかもしれない。ことに彩色を「一皮むいた」感じにするためには、全体の色の調和に非常に苦心した。

法隆寺再現壁画 大型本(朝日新聞社・1995年10月刊行)より
赤色下線がピックアップフレーズ、緑色下線は候補フレーズ

第十号壁(薬師浄土図)解説

縦310.0cm × 横(上幅)254.4cm (中幅)252.4cm (下幅)248.5cm

法隆寺金堂壁画 第10号壁 薬師浄土図
Zoom 法隆寺金堂壁画 第10号壁 薬師浄土図
㊧再現壁画 昭和42〜43年(1967-68年) 前田青邨 守屋多々志(前田班)
㊨昭和15〜26年(1940-51年)頃 荒井寛方 中庭煖華 森田沙伊 座間素賢 上垣候鳥(荒井班)

宣字座に倚坐する薬師如来を中心に、日光・月光の両脇侍、2菩薩、2羅漢、4神将、やや下方前面に金剛力士2軀を配する。如来の左手に宝珠らしきものがみえ、儀軌に「如来の左手に楽器、亦の名は無価珠を執らしめる」とある無価珠にあたるとされる。神将は頭上に十二支の標識をつけていないが、十二薬叉太将と認められ、そのうち向かって右方の神将の顔が旧壁画に於いては後補されている。

Wikipedia: 10号壁・薬師浄土図(異説もあり)

北壁扉の東側の大壁。倚像の如来像と両脇侍像からなる三尊像を中心に菩薩2体、羅漢2体、神将4体、力士2体などを表し、下方には供物台とその左右に一対の獅子がおり、上方には中央に天蓋、その左右に天人が表される。焼損前の写真を見ると、比較的保存状態はよいが、薬師如来像の顔面や肉身が変色して黒ずんでいた。

金堂壁画再現記念 法隆寺幻想展(1968年)より

前田青邨《甲斐の黒駒》
Zoom 前田青邨《甲斐の黒駒》1968年 59.0×71.0cm

画家の報告 clip ピックアップ×2

10号壁は破損も多く、また全体に黒ずんでしまい、本来の美しさをはなはだしく傷つけている。そこで全体として「一皮むいて」描こうと思った。
原画の色彩、すなわち絵画的生命がすでに薄らいでいる以上、旧状にもどすのではなく「原画の美しさ」を再現するのが何よりだと信じる。これが私の根本の考え方であり、そのためには、あらゆる資料を用い、私の技術をつくした。私としてはとにかくこれ以上のことはできない。

壁面の下方に油の流れたしみの跡がいくつかあるが、これは原画とは関係ないことで、しかも絵の美しさを傷つけるので、全くはぶいた。(6号壁の場合には、この油滲みの中にかえって図様がよく残って見えるので写す必要があろうが、10号壁の方は全く絵と関係ない)要するに、いかにすれば、壁面の美しさを再現できるかが眼目であった。

序    法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」
第1号壁   釈迦浄土図・・・・・吉岡堅二(吉岡班)
第2号壁   菩薩半跏像・・・・・羽石光志(安田班)
第3号壁   観音菩薩像・・・・・平山郁夫(前田班)
第4号壁   勢至菩薩像・・・・・岩橋英遠(安田班)
第5号壁   菩薩半跏像・・・・・稗田一穂 吉岡堅二 麻田鷹司(吉岡班)
第6号壁   阿弥陀浄土図・・・・安田靫彦 吉田善彦 羽石光志(安田班)同壁部分紹介
第7号壁   聖観音菩薩像・・・・稗田一穂 麻田鷹司(吉岡班)
第8号壁   文殊菩薩像・・・・・野島青茲(橋本班)
第9号壁   弥勒浄土図・・・・・橋本明治(橋本班)
第10号壁 薬師浄土図・・・・・前田青邨 守屋多々志(前田班)同壁部分紹介
第11号壁 普賢菩薩像・・・・・大山忠作(橋本班)
第12号壁 十一面観音菩薩像・・前田青邨 近藤千尋(前田班)