丸井金猊

KINGEI MARUI

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法隆寺金堂壁画 再現壁画 第8号壁 文殊菩薩像(野島青茲)

第八号壁(文殊菩薩像)再現壁画 全図
縦309.7cm × 横(上幅)158.1cm (中幅)152.5cm (下幅)153.1cm
頭上に揺れ動く火烙宝珠付天蓋をかけ、宣字座にゆっくりと坐す文殊菩薩。

法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」

第8号壁 文殊菩薩像
野島青茲(橋本班)

○昭和42年3月1日模写始める。

○八号壁(文殊菩薩)

○基本方針 焼失直前の状態を忠実に再現する。ただし壁画の汚れ、亀裂、剥落は状況によって色を薄くするなど壁画の美しさを出すように努める。壁の感じを出すように努める。

○資料 原色写真など可能な限りの参考資料を集めたが、8号壁は幸い前回の完全模写がある。焼失直前の状態であり、原画焼失の現在では唯一の拠り所でもある。

第8号壁 文殊菩薩像 コロタイプ印刷○模写方法 前回同様、和紙にコロタイプ印刷された原寸大の写真に彩色してゆく。8号壁は全体に白っぼく色は少ない。第一段階は下地作りである。はじめに写真の自黒の中から黒の部分である線、形、亀裂、壁の無数の汚れなどを残しながら壁の地に当る部分へ胡粉の白を塗り込んでゆく。これらは非常に複雑な変化を持つので、点を打つようにして形や線を崩さないように細心の注意を払いながら進めてゆく。壁の感じを出すためにはある程度の絵具の厚い塗り込みが必要なので、繰返し何回か塗り重ねる。次に全体に胡粉をぬり、おおよその下地ができた上に絵を描きつつ、下地その他を整えながら仕上げてゆく。

○要点 長い年月に剥落がはなはだしく、線は細く切れ、形も鮮明でない。そのうえ壁の汚れなどがこれらをさらにまぎらわしくしている。この中から正しく形や線をひろい上げてゆくことが大切であり、模写の良否を左右する。線描を主体とする壁画であるためこれが最も重要な点であり、制作におけるデッサンに相当する。
最後までデッサンは崩さないように留意する。特に細く切れた線は筆路、筆勢を失ってはならぬ。むつかしいことではあるが、壁画の高度の芸術性を正しく分析把握して再現することはさらに大切である。

○追記 長い期間中には当然思うようにできなくてやり直すこともたびたびであったし、古色を出す工夫をしたり、絵の一部分になってしまったような壁の汚れの表現技法を工夫したり、 一本の線のゆくえをあれこれ追究したり、変化も多かったけれど、模写であるため仕事はいきおい事務的工芸的であり、広い面積を同じ単調な操作のくり返しで埋めてゆく場合が多く、たいくつと忍耐の相克をしいられたのは止むを得ない。
また、 一年という期限は仕事の分量に対し十分とはいいかね、忙しいものであったが、 一歩一歩急がず終始着実に息を整えて歩いてゆく努力も必要であった。短期間というばかりでなく、精神的、労力的にも助手の方たちの協力を得られてこそ可能な仕事であった。
その点で武田良三、青島淑雄、山下邦雄の三氏の熱心な協力があって、理想的かつ順調に仕事が進んだ。深く感謝している。
それもこれも春夏秋冬つかの間に過ぎてしまった感が深い。創作とは異った苦しさや楽しさであったが、日本画の母体であるこのすぐれた壁画と一年間とり組めたことは画家として幸いであった。

○昭和43年2月29日模写終る。

法隆寺再現壁画 大型本(朝日新聞社・1995年10月刊行)より
赤色下線が展示予定フレーズ、緑色下線は候補となったフレーズ

第八号壁(文殊菩薩像)解説

縦309.7cm × 横(上幅)158.1cm (中幅)152.5cm (下幅)153.1cm

頭上に揺れ動く火烙宝珠付天蓋をかけ、宣字座にゆったりと坐す文殊菩薩。右手を膝上に置き、左手は挙げて3指を立て、まこと『維摩経』に説かれる維摩居士と問答する文殊菩薩を描いたものに相違ない。敦煙の初唐窟である220窟(642年)の東壁には維摩居士と問答する本図と類似の文殊菩薩が描かれている。

野島青茲《文殊菩薩像》1968年
Zoom 野島青茲《文殊菩薩像》1968年

Wikipedia: 8号壁・文殊菩薩坐像

北面の西端。向かって右を向いて坐す。図像的特色からは尊名の確定が困難であるが、この絵と対をなす11号壁が普賢菩薩(釈迦如来の右脇侍)像であることから、8号壁の像は文殊菩薩(釈迦如来の左脇侍)像であると判断される。焼損前の写真を見ても画面に亀裂が目立つ。

丸井金猊ラボ∞谷中M類栖/1f 展示プラン

法隆寺金堂の北壁西側に位置する第8号壁は金猊観音圖屏風のスペース上の都合で、丸井金猊ラボ∞谷中M類栖/1f北壁ながら中央位置左手に110×56cmの約36%サイズに縮小したプリント紙を壁面に張り付けました。

丸井金猊「写と想像⇄創造展」展 西側壁面 - 法隆寺金堂壁画 第8〜12号壁プリント
※著作権の都合で、法隆寺金堂壁画の複写画像はモザイクを掛けています。

画家の言葉・引用フレーズ

原色写真など可能な限りの参考資料を集めたが、8号壁は幸い前回の完全模写がある。焼失直前の状態であり、原画焼失の現在では唯一の拠り所でもある。
(中略)
はじめに写真の自黒の中から黒の部分である線、形、亀裂、壁の無数の汚れなどを残しながら壁の地に当る部分へ胡粉の白を塗り込んでゆく。これらは非常に複雑な変化を持つので、点を打つようにして形や線を崩さないように細心の注意を払いながら進めてゆく。壁の感じを出すためにはある程度の絵具の厚い塗り込みが必要なので、繰返し何回か塗り重ねる。

模写であるため仕事はいきおい事務的工芸的であり、広い面積を同じ単調な操作のくり返しで埋めてゆく場合が多く、たいくつと忍耐の相克をしいられたのは止むを得ない。
また、 一年という期限は仕事の分量に対し十分とはいいかね、忙しいものであったが、 一歩一歩急がず終始着実に息を整えて歩いてゆく努力も必要であった。短期間というばかりでなく、精神的、労力的にも助手の方たちの協力を得られてこそ可能な仕事であった。

序    法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」
第1号壁   釈迦浄土図・・・・・吉岡堅二(吉岡班)
第2号壁   菩薩半跏像・・・・・羽石光志(安田班)
第3号壁   観音菩薩像・・・・・平山郁夫(前田班)
第4号壁   勢至菩薩像・・・・・岩橋英遠(安田班)
第5号壁   菩薩半跏像・・・・・稗田一穂 吉岡堅二 麻田鷹司(吉岡班)
第6号壁   阿弥陀浄土図・・・・安田靫彦 吉田善彦 羽石光志(安田班)同壁部分紹介
第7号壁   聖観音菩薩像・・・・稗田一穂 麻田鷹司(吉岡班)
第8号壁   文殊菩薩像・・・・・野島青茲(橋本班)
第9号壁   弥勒浄土図・・・・・橋本明治(橋本班)
第10号壁 薬師浄土図・・・・・前田青邨 守屋多々志(前田班)
第11号壁 普賢菩薩像・・・・・大山忠作(橋本班)
第12号壁 十一面観音菩薩像・・前田青邨 近藤千尋(前田班)