丸井金猊

KINGEI MARUI

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法隆寺金堂壁画 再現壁画 第9号壁 弥勒浄土図(橋本明治)

第九号壁(弥勒浄土図)再現壁画 全図
縦305.7cm × 横(上幅)263.2cm (中幅)255.7cm (下幅)255.9cm
兜率天から下生し、竜華樹下の三会で説法する弥勒仏を描く。

法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」

第9号壁 弥勒浄土図
橋本明治(橋本班)

昭和24年1月26日早暁、法隆寺金堂の壁画焼失というニュースを私が新聞で知ったのは、たまたま展覧会の打合せのため泊っていた伊豆伊東の宿屋においてであった。そのときの驚きは、おそらく一生忘れられないであろう。文字通り、失神せんばかりの驚きであった。そしてその後、金堂の内陣に入って、もはや壁画のない、ただの自壁を眺めるたびに、私の心は鈍い痛みを訴えるのであった。

吉岡堅二画伯と橋本明治画伯さいわい、このたび法隆寺金堂壁画再現委員会が発足し、私はふたたび壁画の再現模写にたずさわることができた。これは画家として何ものにもかえがたい喜びであるとともに、焼失以来満たされることのなかった悲しみからはじめて解放される思いがし「ようやく救われた」というのが偽らざる気持だった。

私の担当した壁画は、弥勒浄土を描いた、いわゆる9号壁である。
この9号壁は4大壁のうちでいちばん剥落がはなはだしく、ちょっと見たところでは一面に白っぽい空間に、色や線の痕跡がぼつぽつみえるといった感じの壁画なのである。そして私の意図したものは、この9号壁の焼失寸前の忠実な再現模写であった。これは焼失前に私の手がけていた壁画だったので、剥落の大きいため敬遠されがちな仕事ではあるが、私は喜んでお引受けした。とくに壁質をできるかぎり忠実に再現して、その美しさを強調したいと思った。

この壁画の剥落の大きいのは、それが金堂の北壁西寄りに位置し、出入口との関係上、西日にさらされ、風化がはげしかったためであろう。しかし白壁に近い虚ろな剥落は神秘的ともいえる美しさをかもしだし、それがかえっておもしろい効果をうんで、千三百年という長い歴史を超えた〈現代〉を感じさせる。

法隆寺金堂壁画 第9号壁 弥勒浄土図 コロタイプ印刷模写に熱中していると、剥落した部分としない部分で線や色彩が切れたりつながったりし、その不連続の空間から無限の幻想が絶えず湧き出てくる思いがした。また弥勒菩薩や脇侍の羅髪の群青、宝冠の色彩や、台座である蓮華座の朱色の美しさにしばし見とれることもあった。私はこの忠実な再現模写によって、見る人に無限の幻想と悦惚感をいだかせることができたらと念じつつ、筆を進めたのであった。

今回の再現模写を引き受けていちばん懸念したことは、かつて十年かかっても完成にいたらなかった仕事を、たった一年ぐらいで仕上げるということであった。はたしてそんな短時日で全壁が完成できるであろうかと、予測が立たなかった。しかし前回と今回とでは仕事の進めかたに大きな違いがあった。

もちろんこのたびは実在の壁画はないので、前回の模写を資料にし、記憶をたどってその経験を生かしてとりかかったのであった。私は自宅の裏に、プレハブの画室を建て、そこで壁画の完成に精進し、これで一年以内の完成も可能となったのである。そしてまたこれには江守若菜氏、岡田守巨氏、本村卓三氏、梨本喜代松氏らの助力があり、その努力によって完成されたことは心から感謝にたえない。

いま私はこの再現模写を終えて、長いあいだ心にかかっていた重荷を取除き、はればれとした気持で斑鳩の里の清澄な空を思い浮ベているのである。

法隆寺再現壁画 大型本(朝日新聞社・1995年10月刊行)より
赤色下線が展示予定フレーズ、緑色下線は候補となったフレーズ

第九号壁(弥勒浄土図)解説

縦305.7cm × 横(上幅)263.2cm (中幅)255.7cm (下幅)255.9cm

兜率天(とそつてん)から下生し、竜華樹(りゅうげじゅ )下の二会(にえ)で説法する弥勒仏を描く。施無畏(せむい)与願印の弥勒如来を中心にまわりに脇侍(きょうじ)菩薩2、羅漢2、天部2、八部衆4軀が囲繞し、前面にはほとんど正面を向いた金剛力士2軀を描き、これら天部や神王は弥勒が三会(さんえ)に臨むための、四天王八部衆を従え、都城に入るという『弥勁大成仏経』の経説に対応するという。

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Zoom 第9号壁《弥勒浄土図》
  橋本明治 村田泥牛 吉田善彦 名古谷謙一 大山忠作 桑原清明 小寺禮三(橋本班)

Wikipedia: 9号壁・弥勒浄土図(異説もあり)

北壁扉の西側の大壁。蓮華座上に坐す如来像と両脇侍像からなる三尊像を中心に、天部2体、八部衆のうち4体、羅漢2体、力士2体の計13体を表す。下方には供物台とその左右に一対の獅子がおり、上方には中央に天蓋、その左右に天人が表される。焼損前の写真を見ても、西日が当たる位置にあったためか、全体に剥落が激しく、図様がはっきりしない。

画家の言葉・引用フレーズ

この9号壁は4大壁のうちでいちばん剥落がはなはだしく、ちょっと見たところでは一面に白っぽい空間に、色や線の痕跡がぼつぽつみえるといった感じの壁画なのである。そして私の意図したものは、この9号壁の焼失寸前の忠実な再現模写であった。(中略)これは焼失前に私の手がけていた壁画だったので、剥落の大きいため敬遠されがちな仕事ではあるが、私は喜んでお引受けした。とくに壁質をできるかぎり忠実に再現して、その美しさを強調したいと思った。

この壁画の剥落の大きいのは、それが金堂の北壁西寄りに位置し、出入口との関係上、西日にさらされ、風化がはげしかったためであろう。しかし白壁に近い虚ろな剥落は神秘的ともいえる美しさをかもしだし、それがかえっておもしろい効果をうんで、千三百年という長い歴史を超えた〈現代〉を感じさせる。

序    法隆寺金堂壁画の「写と想像⇄創造」
第1号壁   釈迦浄土図・・・・・吉岡堅二(吉岡班)
第2号壁   菩薩半跏像・・・・・羽石光志(安田班)
第3号壁   観音菩薩像・・・・・平山郁夫(前田班)
第4号壁   勢至菩薩像・・・・・岩橋英遠(安田班)
第5号壁   菩薩半跏像・・・・・稗田一穂 吉岡堅二 麻田鷹司(吉岡班)
第6号壁   阿弥陀浄土図・・・・安田靫彦 吉田善彦 羽石光志(安田班)同壁部分紹介
第7号壁   聖観音菩薩像・・・・稗田一穂 麻田鷹司(吉岡班)
第8号壁   文殊菩薩像・・・・・野島青茲(橋本班)
第9号壁   弥勒浄土図・・・・・橋本明治(橋本班)
第10号壁 薬師浄土図・・・・・前田青邨 守屋多々志(前田班)同壁部分紹介
第11号壁 普賢菩薩像・・・・・大山忠作(橋本班)
第12号壁 十一面観音菩薩像・・前田青邨 近藤千尋(前田班)