丸井金猊

KINGEI MARUI

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2008年 いまあざやかに 丸井金猊展 図録

②百済観音のリニューアル
山本陽子(美術史学者)

丸井金猊 - 観音圖
blank 丸井金猊 - 作品紹介「観音圖*」が開きます

 金猊の茶目っ気がたっぷりと秘められているのは、「観音前の婚姻圖」という仮題(*1)になっている、題不詳の屏風絵である。中央に描かれた観音像を「どこかで見た・・・」と思う人は多いのではないだろうか。このすらっとした長身からまっ先に思い浮かぶのは、法隆寺の百済観音像である。グレイがかった色、先のつんと尖った光背、思わず写真図版を持ってきて隣に並べて比べてみると、ぴったりと体に密着した衣のプリーツ、五角形の台座、確かによく似ている、けれども完全にそっくりではない。

山本陽子 - 丸井金猊 百済観音像比較
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 間違い探しをするように二枚の図版を比べて見よう。まず、手の持ち物が違う。百済観音は下げた左手でつまむように水瓶を持っているが、金猊の絵の観音は何も持っていない。そのかわり百済観音では何も持たずに手前に差し出される右手は、金猊の観音像では軽くもたげられて蓮華の茎をつまむ。蓮華のつぼみはほっそりとして、しばしば金猊が引用したというエジプト壁画の蓮のようだ。

山本陽子 - 丸井金猊 百済観音像比較
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 エキゾチックな冠と胸飾りはというと、意外にもこのデザインは百済観音のものそのままである。ただし現物では黒く錆びているものを、きっと作りたてはそうであったように華やかな金色に戻し、煤けた瑠璃玉も鮮やかな青で描く。この部分は金猊が絵の中で百済観音を当初の形に復元したもののようである。ただし体の両側に垂れ美しい曲線を描いてひるがえる天衣はもとのままではない。真正面から見ると一枚の板にしか見えないので、やや角度をつけてひねり、切り出された曲線が見えるようにさりげなく配慮しているのだ。

山本陽子 - 丸井金猊 百済観音像 天衣比較
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 こうして金猊によってリニューアルされた観音像と、傍らにはガラス板だけで構成されたモダンな花台、新旧の対比、とそこでこの絵は終わりではない。観音像の中央、腰から真下に垂下する蝶結びのリボンのような細帯に注目したい。この細帯に似た形はこの絵のどこか他にはないだろうか。

*1)婚姻の図なのかどうか怪しいので、現在は仮題「観音圖」のみとしている。

2008年一宮市博物館 特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」図録に寄稿された山本陽子さんの金猊論。本論はその第二章「百済観音のリニューアル」。

最終章「天馬翔る」でも言及されるが、山本陽子さんは学生時代に晩年の金猊と直接話しており、「美術」の視点から生の金猊を語れる数少ない存在である。