2008年 いまあざやかに 丸井金猊展 図録
①壁畫に集ふ
山本陽子(美術史学者)
例えば大作の屏風「壁畫に集ふ」は女性たちの背後に、ほぼ原寸大のモダンな車と、山並みの向こうから顔を出す富士が描かれている。ついバルコニーの景色かと思ってしまうが、もう一度、題名を見てほしい。あらためて見ればこれは室内の壁画であり、下方の金色の唐草模様は額縁である。手前にはギリシャ風の柱や、蝋燭風のフロアスタンドがあるので大きなホールのラウンジに違いない。おや?と思わせるだまし絵なのである。
Agostino Tassi - Palazzo Lancellotti のこの画像とは異なる実用場面が開きます
日本画の中に屏風や襖絵を描いて、その中にさらに絵を描き込むという画中画は、平安時代の源氏物語絵巻を始めとして、しばしば行われてきた伝統的な技法である。しかしそれを屏風絵の中に描かれた西洋的な壁画という媒体に応用し、パーティシーンで使った日本画は金猊が初めてではないだろうか。
ここに集う女性たちのアクセサリーは、エジプト美術をもとに自らデザインして描いたものだと、以前ご家族からうかがった。金猊の先端的なデザイン感覚は、女性たちの衣装にも見て取れる。いずれも白の袖なしのロングドレスながら、よく見るとどれも異なる。それぞれのドレスは、ひとりひとりの女性のつける異なった花──薔薇や蘭やカラーなど──を最大限に活かすようにデザインされているのである。花をテーマにしたドレスのファッションショーといっても通るであろう。けれども金猊は、それをおくびにも出さない。
2008年一宮市博物館 特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」図録に寄稿された山本陽子さんの金猊論。本論はその第一章「壁畫に集ふ」。
- 序
- 第一章 壁畫に集ふ
- 第二章 百済観音のリニューアル
- 第三章 仏像のリボン
- 第四章 古今東西
- 最終章 天馬翔る
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最終章「天馬翔る」でも言及されるが、山本陽子さんは学生時代に晩年の金猊と直接話しており、「美術」の視点から生の金猊を語れる数少ない存在である。