丸井金猊

KINGEI MARUI

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2008年 いまあざやかに 丸井金猊展 図録

③仏像のリボン
山本陽子(美術史学者)

※前章からの流れを汲むので、重複しますが前章の最後の段落を冒頭に再掲します。

 こうして金猊によってリニューアルされた観音像と、傍らにはガラス板だけで構成されたモダンな花台、新旧の対比、とそこでこの絵は終わりではない。観音像の中央、腰から真下に垂下する蝶結びのリボンのような細帯に注目したい。この細帯に似た形はこの絵のどこか他にはないだろうか。

救世観音 丸井金猊 蘭子 百済観音 細帯比較
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 向かって左から三人目、碧眼金髪の女性の白いドレスの中央に下がるピンクのリボンはこの細帯(ほそおび)とよく似ている。これも仏像の細帯から取った形ではないか。ただし結び目の形がちょっと違う、こちらは法隆寺の救世(ぐぜ)観音像の真中に下がる細帯をもとにしたようだ。「壁畫に集ふ」の女性たちのドレスの共通テーマが「花」であるならば、こちらの屏風の衣装の隠しテーマは「仏像のリボン」ではないだろうか。

聖林寺の十一面観音像と丸井金猊「観音圖*」の霊子、ストール比較
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 その脇の赤いドレスの女性の左肩から斜め掛けしたトルコブルーのストールも、布端のひるがえり方が思わせぶりではないか。これは聖林寺の十一面観音像の胸にかかる金色の布帛(ふはく)の形とそっくり同形なのである。(*1)

法華寺の十一面観音と丸井金猊「観音圖*」の迪津子、肩衣比較
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 左の女性の両肩にかかる赤いストールの渦を巻く形は、たぶん法華寺の十一面観音の肩衣(かたぎぬ)の形を借りたものであろう。もっとも手の挙げ方が違うので下の方は少し違う。そんなことはこの絵の草稿にもどこにも描かれていないが、そう思ってみると少女の腰のピンクのサッシュも、男性の白いネクタイも、右端の女性のケープの長いリボンも皆、仏像っぽい。昭和モダンのパーマネント髪の女性たちの衣装に、仏像の天衣の形を使うなどとは、一体どこから思いついたことなのだろうか。

観音圖* 草稿
blank 丸井金猊 - 作品紹介「観音圖* 草稿」が開きます

*1)本来ここで段落改行とはなっていませんが、画像挿入の都合で改行しました。

2008年一宮市博物館 特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」図録に寄稿された山本陽子さんの金猊論。本論はその第三章「仏像のリボン」。

最終章「天馬翔る」でも言及されるが、山本陽子さんは学生時代に晩年の金猊と直接話しており、「美術」の視点から生の金猊を語れる数少ない存在である。