2008年 いまあざやかに 丸井金猊展 図録
⑤天馬翔る
山本陽子(美術史学者)
金猊の晩年に一度、お話をうかがったことがある。美術史を学び始めたばかりの筆者に、飛鳥・奈良時代の仏像について、この時代の作品への朝鮮半島からの影響、会津八一の『鹿鳴集』、和辻哲郎の『古寺巡礼』と様々な説や書物を引用して、いきいきと教えてくださった。それは止まるところを知らず、たしか午前中に伺ったはずなのに、お宅を辞したときはもう夏の夕日が射していたのを思い出す。
もう一度、絵筆を執りはじめたのだ、ともうかがった。その折、後ろに掛かっていた幾つかの馬の絵についてもお話が出た。実際の馬ではなく、埴輪の馬や
法隆寺献納宝物の龍首水瓶に線刻された文様の馬は、東洋のものなのに羽根がついてペガサスになっていることをうかがったのも、この時である。その東洋製ペガサスは天馬となって、新しい金猊の絵の中で空を翔けていた。古今東西を駆け巡る金猊の発想は、いまだ衰えてはいなかった。
*1)本来ここで段落改行とはなっていませんが、画像挿入の都合で改行しました。
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2008年一宮市博物館 特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」図録に寄稿された山本陽子さんの金猊論。本論はその最終章「天馬翔る」。
- 序
- 第一章 壁畫に集ふ
- 第二章 百済観音のリニューアル
- 第三章 仏像のリボン
- 第四章 古今東西
- 最終章 天馬翔る
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