丸井金猊

KINGEI MARUI

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1997年 その周辺の人たち展文集

お忘れではありませんよね‥‥先生!
小泉禎一(神工 工芸図案科 4期生)

 それは昭和26、7年代、そんな遠い或る日の工藝図案科実習室での授業の一刻。私の机の上の開かれた画集のその1頁は正倉院宝物「平螺鈿鏡」。精緻な細工と流麗な意匠。なかでも一段と鮮やかに妖しいまでに蠱惑的な螺鈿の虹彩。その螺鈿が放つ七色の虹を忠実に、あく迄も忠実に写し採り真新なケントの紙面に表現する。そう、その日の先生の課題は模写。それは私にとって私の技の全てを遥かに、もっともっと遥かに超えた難々事。先生の時折立てる沓音以外はシーンと静まり返った教室で、その光の七変化を確かに写し採ろうと必死で追いかけて、追いかけて、そして自分の技の拙さにも茫然とし、又懸命に追いかけていった遠い昔の私の、苦くも懐かしい想い出の一駒。今でもあの妖しい螺鈿の虹彩に出会う度、遠く過ぎ去ったはずのその情景が鮮烈に甦り、ゾクリとしてしまうそんな本当に情けない私なのですが‥‥。

 お忘れではありませんよね‥‥先生!

正倉院宝物『平螺鈿背八角鏡』
正倉院宝物『平螺鈿背八角鏡』

丸井金猊とその周辺の人たち展(1997年)文集に寄稿された神奈川県立神奈川工業高校 工芸図案科第4期生 小泉禎一さんのメッセージ。