The dead of night

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 何時の間にか詩的となった私の幽かな想像は直ぐ現実となって行くらしい。

 ほんとうに森厳な深夜である。一人で起きているには惜しい程其れ程余りに尊とすぎる。万象の総べてが沈痛な呻吟をもらしているかとも思われるが、そうでもない。耳を傾けて何物かを聞き出そう、出来る丈遠くの物音を──生の囁きでも死の歔欷でも──を聞こうとしても、机の抽出の中の腕巻き時計の金属的な微妙なるセコンドを刻む音ばかりがそれを防ぐかの如くチクタクと響く。

 バッタリと分厚な古典劇の書物を閉じて、堅い表紙を赤鉛筆のキャップでたたき乍ら、ふと自分が此の広い世の長い夜の中で唯一動いている蠢いている人だぞと思う。そうして此の世の中でこんなとりとめもない事を考えているのも自分一人かしらと思う。

 乾燥し切った冷い大気は神の霊感で、万頼の静もり反っているのは死の麻薬のかけられてあるに依るのであろう。しみじみと更けてゆく寒夜の大気の中には神的の荘重さがとけ込んで居り、又無言の佛教的歓喜が流れている。寒夜でさえ楽しい象牙の船の旅を続ける銀河は、私の肌に温い感触を与える。そうだ浴室のなめらかな大理石の触感を与えてくれる。

 私の心臓は静かに波打っている。象牙の小舟の中で仰向いている少年の心臓よりおだやかな調子で波打っている。寒夜には珍とする寂たる心臓の営みである。頬杖をついた両手は痺れた様に冷たい。うなじは雪の真綿をかけた程冷々しい。

 電灯が突然ポカポカ消えそうになったり明るくなったりする。と土蔵の方でカラカラとトタン樋の荒涼たる音に、鼠の奴め何かしているなと思えば、一度に自分の今描き出した空想の夢を破られて憎い気持ちがする。そして又一方では今起きているのは自分一人でないぞと言う呑気な気分も起きた。

 空では青白い、星が今いくつもまたたいているだろう。下界では地下から昇った水気が地面の汚れたもののすべてにすっかり凍りついて、綺麗な箱になりつつあるのだ。黒い丘も森も家もみんな大きな岩のようにどっしり重く重く沈んでいるに相違いない。そしてその中に自分一人──否鼠の奴と二人だけ──眼を開いて現実の思慕を凝視している事は誰も知るまい。眠そうにまたたいている星は勿論、無言の儘何事をか計画しつつある無情なサタンだって私が死んで幾億年経っても今私がこうして蠢いている事には気付くまい。死んだように森厳な更けた夜の大気の中に私と鼠の奴との呼吸がかすかに音を立てて生の経営をしている。詩的な空想の手は安眠と言う虚無な世界から詩的な夢の世界へ私の小さく弱い躯をそっと押しやって呉れる‥‥‥。

愛知県工業学校(現=愛知県立愛知工業高等学校)校友会雑誌
金猊、17歳時の散文

コメント(1)

m-louis said on 2008年2月15日 07:10

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