鍬をかついだ農夫達も足を止め
感嘆して眺め行く農園
一直線に通った畝に植えられた
キャベツ、タマネギ、馬鈴薯 等々々
間隔は横から見ても一分の乱れもない
校庭で整列した生徒より正しい
それは戦中・戦後の食糧増産のため
六面のテニスコートを掘り起こして作られた
浦和第一高女の農園だった
指導者は美術担当のM教師
M教師の胸中には絶えず
美の本質、美の観念が脈打っていた
人を感動させる美とは
美術館以外に多い事を知っているのだ
書架の書籍の配列の仕方にも
日常使う座蒲団の色彩も置き方も
M教師にとって 美の対象だった
皿、小鉢にも美を求めて暮した
郷里出身の画壇の巨匠の
川合玉堂氏にあこがれ
上野の美術学校を卒業した頃
日本は泥沼の戦争に突入し
止むなく就職したM教師にとって
美とは生活、心身の全部だった
画室兼用の住居は天井が凄く高く
精魂込めて描いた
東宝劇場の大壁画は
戦災に惜しくも焼失したが
洒落れた洋装美人群の二つ折屏風は
和洋室向きで今も残っている
四角四面を モットーに生き
一生涯人を裏切らなかった
頑なでも多感で
短歌、俳句を詠み、書に通じ
美の追究に徹したM教師
指導は日常生活にも行き届き
農園さえもプロの農婦より美しく作り
生徒の心に一生忘れない美の観念を
植えつけたことと確信している
古武士のような四角四面のM教師
叩けば名前通りの金属性の音がしそう
取り分け画室にこもっている時は
真剣勝負の武芸者そのままの気迫に
家族は息をひそめて気をつかっていた
反面家庭、妻子を凄く愛し
少量の晩酌に興にのると
食器を箸で叩いて歌ったり
下着姿でひょっとこ踊りをして
家族に好々爺ぶりも見せた
十七回忌 私の実兄のM教師
木曾河畔の故郷を障害懐かしみ
現在遺骨の大半は
故郷の父母の骨に抱かれ眠っている
黄泉路でも今も
衣紋も膝も崩さず
絵筆に親しんでいるかしら
この詩は金猊17回忌のときに実妹の佐藤八恵氏が詠んだものです。