4/26付 日本経済新聞日曜版「美の粋」にて
多摩美術大学・小川敦生教授「画家たちの観音愛」(中)
4月26日㊐の日本経済新聞日曜版の中面見開き紙面「美の粋」にて、丸井金猊《観音圖*》屏風が掲載されました。当初、告知用に掲載したこの投稿をURL変えずにそのまま報告記事とし、告知内容も報告の後に残すことにします。内容に重複が多く見られますが、その点はご容赦ください。
多摩美術大学の小川敦生教授による3回連載の中篇として描き出された「画家たちの観音愛」は、亀井勝一郎『大和古寺風物誌』(1943年刊)の一節、亀井氏が1937年(昭和12年)に法隆寺を訪れたときの、当時百済観音が金堂にあった頃の氏の随想を手掛かりに百済観音についての言及から始まる(ちなみに亀井氏は三鷹市下連雀に居を構えた金猊とご近所さんだった時期があるらしい)。
そこから百済観音に魅入られた画家として丸井金猊が登場するのだが、東京美術学校日本画科で杉山寧氏と同期だったということに触れるのみで、これまでの金猊であれば「知られざる」とか「不遇の」と付け加えられがちだった枕詞もなく《観音圖*》に描かれた百済観音の話へと転じていく。顕彰活動の積み重ねによるものか、あるいは美術ジャーナリストという小川氏の立場からは金猊のポジショニングなど些細なことでそんな脚色を必要としないのか、そこは定かではないが、遺族としてこの枕詞なき話の流れは端的に嬉しかった。
その誇張のない抑制の効いたスタンスは記事全体に通底し、掲載画像の選択においても感じられた。予告記事でも触れたように《観音圖*》画像は計4種類送っていて、屏風の縁あり・なしでまず2種類ずつ。その2種は、今年撮影し谷中で実物を見ながら現像した画像と、2024年に撮影し大阪に持ち帰って実物を見ずに現像した、その分、誇張の強く出た画像である。
新聞を開いてまず確認したのがどちらの画像が使われたかで、載っていたのは今年撮った誇張の少ない、見方によっては地味とも取れる縁なし画像だった。

それが小川氏による選択なのか、編集部によるのかはわからない。ただ、ここで派手さよりも実物に近い画像が選ばれたことに、新聞としての誠実さ、あるいは矜持のようなものが感じられ、これまた嬉しかった。唯一難点をあげるなら(この記事を通してこの一点限りだが)、《観音圖*》が遺族による仮題だという言及がなかったことだ。キャプションスペースに余白も結構あったので、そこに一筆あったらと思うところではあった。
そして作品画像のことでもう一つ。
《壁畫に集ふ》が思いもよらぬ形で掲載されたのである。
noteで「諏訪の地で壁畫に集ふ富士と槍」という無季俳句をタイトルに、今年の2月に収蔵庫にしまっていた《壁畫に集ふ》を出した際、背景に描かれている山並みに槍ヶ岳が描かれているということに妹が気づき、となれば同じく背景に描かれた富士山と槍ヶ岳の両方が見える場所、即ちそれは金猊の妻・さだゑの故郷の諏訪だということが判明したエピソードを投稿していた。
ちょうどその頃、この後に紙面にも登場する美術史研究者の山本陽子氏と小川氏の三人でメールのやりとりをしていて、その発見が嬉しくて、本題とは別に山トークに花を咲かせていたのである。そしてそれを説明するのに一番手っ取り早いのが《壁畫に集ふ》の高解像度画像と、諏訪から見える富士山と槍ヶ岳画像を一緒にご覧いただくことで、《観音圖*》4種と共にフォルダに同梱してお送りしていたのである。それが今回、思いがけないサプライズとして紙面に掲載されたのである。
もちろん今回の主役は《観音圖*》と百済観音や鈴木空如の金堂壁画模写ではあるが、中篇見出しの「美の成分を抽出した日本画家」というメインテーマのその先の展開として、画像付きで《壁畫に集ふ》が紹介されたのは、小川氏の見識はもとより、槍(槍ヶ岳)のおかげといったところもあるだろうか。
画像から本文に話を戻すと、先の山本陽子氏こそが金猊《観音圖*》に百済観音以外にも観音が描かれている、厳密には人物像の衣装パーツに奈良の国宝観音、法隆寺救世観音像、法華寺十一面観音像、聖林寺十一面観音像の意匠からの引用があることを発見された方で、金猊《観音圖*》を語る上で、9歳で祖父を亡くしているただ孫であるだけの私よりも、専門性の高い見地から語っていただいた方が実り豊かな記事になるだろうと直接の取材を小川氏にお願いしていた。それと記事にもあるように彼女は学生時代に金猊本人と直接言葉を交わしてもいるのである。
その彼女と金猊のエピソードは、2008年の一宮市博物館特別展「いまあざやかに丸井金猊展」図録や、そのときに開催された講演会でも聴講しているが、救世観音を観るオススメタイムの話は初耳で(講演のときに話されてたとしたら、その頃はまだ興味が追いついてなくて忘れている)、こうした話が引き出されたのも、第三者による取材ならではとも言えるだろう。
記事はそこから法隆寺金堂壁画へと移り、谷中M類栖でも「写と想像⇄創造」展として便乗するつもりが、コロナ禍で中止となってしまった東京国立博物館特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」について触れられる。そこで興味深かったのが、金堂壁画の掲載画像が焼失前のコロタイプ画像でも桜井香雲や入江波光の模写、あるいは安田靫彦らの再現壁画でもなく、人生で3回金堂壁画12壁の模写に挑んだ鈴木空如の3回目の模写画が掲載されたことである。
さらに目を瞠るのがその画像の撮影者が小川氏となっていることで、空如の模写を訊ねて秋田の大仙市まで足を運ばれている。実は小川氏は谷中で《観音圖*》をご覧いただいた上に、私の住む大阪にも訊ねて来られ、その翌日に法隆寺へと向かわれた。こうして上中下三篇で書き継がれる「画家たちの観音愛」は、小川氏ご自身の観音愛を求めて各地を巡られた旅の記録であり、紀行文としても読むことのできるものなのだろう。
最後に鈴木空如にまつわる余談を一つ。冒頭で触れた金猊と同期の杉山寧氏のご長男・章氏(故人)ご夫妻とは、1997年に三鷹市美術ギャラリーで遺族主催の「丸井金猊とその周辺の人たち」展を開催したときからのご縁で、奥様は今も芸工展に毎年足を運んでくださっている。その奥様が鈴木空如の縁戚にあたることから、「写と想像⇄創造」展で空如の模写も含む資料展示をしたときには大層喜んでくださり、復刻「佛繪師の聖 鈴木空如翁」という貴重な資料も一時期お貸しくださった。そこに掲載されていた肖像は画像検索でも出て来ないので、上篇の狩野芳崖《悲母観音》に寄せて、鈴木空如《悲母観音》と共にここに載せておこう。
こうして描き出された「画家たちの観音愛」は、上篇と共に下篇でも二人の画家が取り上げられ、中篇のみが金猊と法隆寺(空如)というやや特異な組み合わせになったと聞いている。しかし、この構成を誰よりも喜んでいるのが泉下の金猊であることは疑いないだろう。
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2026.04.26 Instagram @kingeimarui - 本日4月26日㊐の日本経済新聞日曜版の中面見開き紙面「美の粋」にて、丸井金猊《観音圖*》屏風が掲載されます。
2026年4月25日㊏ に投稿した事前告知
4月26日㊐の日本経済新聞日曜版の中面見開き紙面「美の粋」にて、丸井金猊《観音圖*》屏風が掲載されます。
多摩美術大学の小川敦生教授による3回連載「画家たちの観音愛」の中篇で、法隆寺百済観音を中心とした法隆寺関連の情報と共に扱われる予定です。
上篇(4/19付)では、狩野芳崖《悲母観音》と河鍋暁斎《観世音菩薩像》《波乗り観音図屏風》《龍頭観音像》《竜頭観音図》が図版に取り上げられ、近代日本画における観音像の位置づけと、画家それぞれの固有の「愛情」が独自の視線で論じられていました。
さて、中篇で金猊はどのように描かれるのか?
図版も2024年に撮影し、実物を見ずに誇張気味に現像した画像と、今年撮影して実物を見ながら誇張を抑えて現像したデータを渡しているので(縁あり版も含め計4種)、どれが採用されたかも楽しみに明日の新聞を待ちたいと思います。といっても購読してないので、朝からコンビニに買いに走ります。現在新聞が200円ってことも上篇を購入して知りました(^^;)
