丸井金猊

KINGEI MARUI

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芸工展2014「金猊馬考」

芸工展2014「金猊馬考」を終えて/続く

午年にちなんで「金猊馬考」という企画タイトルで参加した芸工展2014も無事終了しました。
谷中まで足をお運びくださいました皆様、大変ありがとうございました。

数えると今回で9回目の参加。さすがに展示設営等はだいぶ馴れてきました。参加当初は作品をただ並べるだけの展示だったのが近年は金猊が参照したろうと思われる引用源や資料、図版などを展示し、作品展示よりも資料準備に追われて告知活動に時間割けずといった有様です。以前はただ観てもらえれば良いと思っていたのが、回を重ねるごとにお客様一人一人としっかりお話しする時間をつくる方が楽しくなり、入場者数を増やすことに積極的ではなくなりました。

今年の展示コンセプトに関しては、連載停滞中の試論「金猊馬考」続編をお待ちください。
このレポートでは芸工展期間の展示構成ワークショップについて触れておきたいと思います。

■展示構成

金猊馬考「馬上太子圖」展示壁面入場して左手壁面にはすべて制作年不詳ながら活動期に描いたと思われる軸『馬上太子圖』、額『右向きの馬』『左向きの馬』を配置。
軸『馬上太子圖』周辺にはその引用源と思われる資料を、対作品である『右向きの馬』『左向きの馬』の横には人間と馬の関わりの歴史を西洋東洋において時系列に追える図版を並べました。
また、いつもの柱には「ごあいさつ」とその下には馬写真でお馴染みのエドワード・マイブリッジの「疾走中の馬の連続写真(THE HORSE IN MOTION.)」を、上には「ペガスス座(Pegasus)」の画像を並べ、天井にはペガスス座の星位置を示す金色丸シールを貼りましたが、星座シールのことは言わない限り、ほとんど誰にも気づかれませんでした(汗)

金猊馬考「薫風」大下絵と写真パネル正面壁面にはこの春に宝塚市立中央図書館で開催された「宝塚歌劇のあゆみ展」に資料展示された東宝劇場の壁画『薫風(騎馬婦人群像圖)/採蓮圖』と同寸の大下絵と、壁画を複写したセピア色の写真パネル(壁画は焼失したとされる)を展示。
その左手には『薫風』の引用源と思しき金猊の蔵書『GRIECHISCHE VASENMALEREI Klassische Illustratoren』に掲載されたギリシャの壷絵の図版と、騎馬婦人の描かれた唐代の张萱『虢国夫人游春图』や彫像『加彩騎馬婦人俑』の図版。
右手には「宝塚歌劇のあゆみ展」展示の様子のわかる写真を並べました。

金猊馬考『薫風』大下絵を脚立にのぼって見るブログ記事「宝塚市立中央図書館:宝塚歌劇のあゆみ展を終えて」の余談でも触れたように、高さ3mある『薫風』大下絵は人物が非常に上の方にあって見上げて見るにしてもどうにも遠い。宝塚の展示ではそれを高さ2.1mの展示ケースに収めなければならないという無理矢理手段が功を奏してちょうど良い高さで婦人群像を眺めることが出来ました。そこで今回も同じように高さを下げてということも考えはしましたが、床を使うので展示スペースが狭くなることと踏まれる危険性もあることから、反対にお客様に脚立にあがってもらって上から見てもらうことにしました。これがなかなか評判がよく、オノ・ヨーコがジョン・レノンと出会ったときに展示していた「YES Painting」という作品みたいと言って楽しんでのぼられる方もいれば、上にあがるとちょうど馬を跨ぐような気分になれると乗馬感を味わってられる方もおられました。実際、東宝劇場では階段ホールに設置されていたという情報が残っているので、レビューを観終わったお客さんが階段を降りてちょうど見下ろす高さと一致していたかもしれません。

金猊馬考:収蔵庫側壁面右手収蔵庫側壁面は『薫風』を描いた1937年(昭和12年)から一気に40年飛んで晩年1977、78年(昭和52、53年)の作品『天馬図』『白馬と埴輪の馬之図』『五頭馬図(写真パネル)』が並びます。

天馬図』の左横には金猊が同画を描いていたところを金猊の長女がこっそり撮った写真の拡大パネルを。その下にはニコラ・プッサンが描いた翼を持つ歩行馬翼のない飛翔馬の図版。さらにその下には『天馬図』と直接関係はありませんが、金猊馬考『天馬図』『白馬と埴輪の馬之図』金猊が馬の研究をするのに参考にしたと思われる『馬事提要』という書物(陸軍における馬事訓練と軍馬調教のための入門書)から何枚か抜粋して展示。その横の『天馬図』下には天馬が二頭彫られた香取新宮(千葉)の「海獣葡萄鏡」の図版と後述する校友誌「愛工」第拾七號の挿絵拡大コピーを並べました。

白馬と埴輪の馬之図』に関しては、馬の眼が人間の眼差しそのもののように描かれていて、おそらく金猊はその白馬に自身を投影していたのではないかという推測のもと、同様に馬に内面を投射したと捉えることのできそうな坂本繁二郎『放牧三馬』、杉山寧『秋意』、ターナー『蒼ざめた馬に乗った死』、クールベ『デュヴァル氏の英国馬』の馬の絵を並べ、その左横には参考にしたと思われる古墳時代後期の中条古墳群の埴輪馬の写真を展示。

金猊馬考「五頭馬図」と杉山寧「昶」「生」五頭馬図』は残念ながら実作の用意ができなかったため、写真パネルを展示。この作品を描いた1978年(昭和53年)翌年金猊は亡くなり、金猊の絶筆となります(享年69歳)。このパネルの上には金猊の東京美術学校時代の同級生であり、晩年の金猊に再び絵を描くことを薦めた杉山寧が1971、72年(昭和46、47年)に描いた『』『』というオレンジ色の背景の馬の絵の画像を並べました。金猊がこれらに直接触発されたかはわかりませんが、少なくとも金猊がこの絵を観た後に燃えるような背景色の『五頭馬図』を描いたことは確実で、学生時代に画板を並べた二人が馬を通じて再びというスペースとしました。願わくばいつの日か、実作の馬同士が相見える機会を望みます。

金猊馬考「愛工」挿絵版画と午年に届いた年賀状そしてこれら展示壁の手前のテーブルには金猊が愛知県立工業学校時代に校友誌「愛工」第拾七號の挿絵として描いた三頭の馬の版画と、同校絵葉書の馬の絵を展示。また、その横には今年届いた馬の絵や写真の入った年賀状と、1990年以前の午年の年賀状50枚を並べました。ただ、年賀状に関しては展示終了後に取り出した賀状を片付けようとすると、数枚、年賀状展示を思いついたときに最初にピックアップしていたものが別のところから出てきて軽いショック。こういう枚数ものの選別作業というのは一気にまとめて行わないといけないと痛感させられました。

金猊馬考『婦女圖』『壁畫に集ふ』馬展示に関してはこれで終わりで、トイレを挟んだもう一区画には『薫風』の色合いを想像する上で参考になりそうな軸『婦女圖』を展示。そして、来春発行される小学館『日本美術全集』に掲載が決まった屏風『壁畫に集ふ』を祝して片面二曲のみを見せる形で展示しました。そのキャプション脇には自虐ネタで、全集で金猊の作品解説をされる藤井素彦氏が発見された美術雑誌『美術眼』第二巻七号(1938年/昭和13年7月発行)に掲載された金井紫雲氏の金猊酷評の一文も抜粋して展示。

金井紫雲「現代美術展の日本畫」より
「細谷達三氏の『新生』や、丸井金猊氏の『壁畫に集ふ』などは力作とはいへ、内容的には空虚で、やや作者自己陶酔に陥ってゐる嫌いがある。」だそうです(汗)


■ワークショップ

今年から芸工展の申込形式が変わり、当初は公募的ニュアンスの感じられるものだったため、企画をより確実に通す目的で交流要素の強いワークショップも行う趣旨の企画書を提出しました。

『薫風』塗り絵ワークショップ用紙その流れで準備したのが、焼失した『薫風』が実際にどんな色だったのか想像してみよう(あるいは好きな色に塗ってみよう)という塗り絵ワークショップだったのですが、これが下絵から線起こしするのも一苦労ならば、塗り絵するのも大苦労と自分でやってみても一日がかりの作業となってしまうため、いくら長居歓迎の展示空間とはいえ、ちょっと無理があるなと思い、断念しました(→白薫風PDF)。

しかし、それでも半宿題としてやってきてくれた粋狂なお客様もいらっしゃるので、ここで私のお試しサンプル塗り絵と合わせてご紹介いたします。

コレッテさんの「薫風」塗り絵 yamaさんの「薫風」塗り絵 M類の「薫風」塗り絵

芸工展2014記念杯9R右「金猊馬考」人気馬決定戦 記入用紙そして塗り絵ワークショップを断念した代わりに2日目から行ったワークショップが、芸工展2014記念杯9R右「金猊馬考」人気馬決定戦なるものです。以前、ながらの座・座でも似たことを行いましたが、今回も8点の作品に好きな順位を1〜8まですべて書いてもらって、その合計点の少ない方がより人気馬作品であるというランキング遊びをしました。総合順位だけでなく、性別、年代別、地域別でもどういう順位が出たか、以下にまとめています(Google Drive)。まだやっていない方は結果を見ずに自分で好きな順位をつけてみて、リサーチ結果と見較べてみてください。

芸工展2014記念杯9R右「金猊馬考」人気馬決定戦リサーチ結果